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咳が止まらない

中途半端なおたくのOLのブログ

書くことについてちょっとまとめてみる

「猛烈に文章を書きたい!!」と思ったからブログを始めたわけなのですが、思い返してみれば今まではそんなことを思ったことがなかった。
書くことと私についてちょっとだけまとめてみる。

小学校1、2年生の時、月曜日の1、2時間目が作文の時間だった。土曜日と日曜日に起きた出来事を作文に書きましょう、ということなんだけれども、子どもにしてみれば2時間ぶっ通しで作文を書くのはわりと疲れる。
最初の頃はみんな飽きたり何を書いたらいいかわからなかったりしたが、だんだん友達と原稿用紙の枚数を競ったり、先生に褒めてもらいたがったりして、作文が書けるようになっていった気がする。

土日にお出かけしたり、友達と遊んだりしたのなら作文のネタには困らないんだけど、どこにも行かずひたすらお菓子を食べ続けていた土日の次の月曜日なんかは、「さすがにお菓子のことは書けない…でも書くしかない…」と子供心にも葛藤があった。でも、何を書いても先生はながーい感想を赤ペンで書いてくれた。
二条城に行ってそこで知ったことをすべて書き並べた作文がとても褒められて、嬉しかったのは今でも覚えてる。

多分、私の中での「書くこと」の土壌はその頃にできたのだと思う。

それから時が流れまくって高校生になり、受験生になった。
いろいろあって自己推薦入試(自己推薦というのは今でもわりと矛盾していると思う)を受けることにしたので、小論文を書く練習をたくさんした。
小論文と言っても文学部なので、かなり好き勝手に書ける。
入試では「愛されることと愛することとは何か」みたいな、高校生が語るには重すぎるというか、経験が足りなさすぎるというか、愛とかなんとかの前に彼氏もいたことないんですけどーー?!状態だった私には泡を吹くようなテーマだったけど、なんとか親子愛とか動物愛に話をすり替えてそれなりに満足いくものを書き上げて、なんとか合格した。

それから大学生活をへて、就職活動がはじまる。ここで出てくるのがESだった。ある程度フレームが決まってるとはいえ、文章で自分をアピールすることになる。
嫌々文章を書くことの苦痛さはたまったもんじゃないけど、ある程度コツがわかってきて、ESの通過率はわりとよかった。

そして就職して、10ヶ月ぐらい経ち、メール以外の文章をまっっっったく書かなくなった。学生時代は、作文にしろ小論文にしろESにしろ卒論にしろ、書かなきゃいけない状況があって書いていたのだけど、それが全くなくなった。

書くことを強制されなくなって、書きたくなったなんてアホみたいだけど、そういうことなのかもしれない。

昔、母に、文章を書く仕事、ライターとか記者とかが向いてるんじゃない?と言われたことがあって、そんなの冗談じゃない仕事になんてしたくないよ!
と思ったんだけど、今なら全然考える。もちろん簡単な仕事じゃないのはわかっているけど、選択肢から排除はしないかなあ。

書くことは、誰でも、いつでもできる。
自分を切り取って残しておける、そんな当たり前のことに、いま、気づいた。

ごった煮の、ライブレポもレビューも映画の感想もコラムも脳内ポエムもまぜた、自分語りのための空間。23さいの今考えたことを詰めた、恥ずかしい空間。
それを作っておこうと思った。

ブログは、TwitterやらFacebookやらインスタやらが横行跋扈している今、原点回帰も甚だしいけど、拗らせかけた大人になりかけの私には1番合ってそうな気がする。